なりゆき読書室

面白い本を読んだ感動を徒然なるままに書きます。本格ミステリ、美術関係図書が多め。なりゆきで色々読んでいきます。時々、見に行った展覧会のことも。要するに雑記。

David Suchet "POIROT AND ME" デヴィッド・スーシェ『ポアロと私』

イギリスの俳優、デヴィッド・スーシェの自伝を読んだ。

 

Poirot and Me

Poirot and Me

 

 

スーシェは1988年から2013年の四半世紀を通して、アガサ・クリスティの生み出した世紀の名探偵エルキュール・ポアロを演じた名優。自伝の題はPOIROT AND MEーポアロと私ーである。

彼がポアロの役に出会ったのは42歳になる年。この運命的な出会いをきっかけとして、スーシェはポアロの俳優として世界中にその名を知らしめることになる。

この自伝は「ポアロと私」と題されてはいるが、必ずしもポアロを演じている彼ばかりが描かれているわけではない。彼はポアロを撮影してきた25年の間に、舞台やハリウッド映画に出演し、自身のcharactor actorとしての道を探求した。

しかしどんなにポアロの役を離れても、この名探偵の影が彼の中に幾度となく立ち現われる。スーシェは自伝の中で、25年の間に何度もポアロシリーズがその時撮影中の作品で終わるかも知れないという不安を抱いたことを吐露している。スーシェにとって「ポアロと私」の関係は常に揺らぎながら変化し続けるものであったと同時に、その関係を語ることが彼の俳優人生の起伏を語ることと同義となった。ポアロはスーシェにとってそれほどに大きな存在であったことが本書から分かる。

本書は一人のプロのエンタテイナーの自伝としてとても面白く、形は違えどエンターテイメントに携る仕事をする者にとっては、読めば彼のプロ意識の高さに背筋の伸びるようなエピソードも多数収録されている。

また、ポアロのTVシリーズをまだ見ぬ者にとっては作品鑑賞前の優れた導入の書となっている。原作を徹底研究しながらTVシリーズに変換するにあたって、各作品の制作現場にあった緊張感や演技・演出のこだわりなど、作り手の立場から活き活きと描かれている。TVシリーズの内容を知らなくても十分に楽しめ、どの作品から見るのが良いかの参考にもなるだろう。ただ、原作もTVも知らない人にとっては意外な犯人が分かってしまう致命的なネタバレを含むので注意が必要である。ということで、特に原作ファンでTVシリーズを見ていない人にぜひお勧めしたい。